東京高等裁判所 平成5年(ネ)1727号 判決 1994年2月01日
東京都台東区台東三丁目三七番八号
控訴人
コロナ産業株式会社
右代表者代表取締役
髙﨑博
右訴訟代理人弁護士
川田敏郎
同
増岡由弘
長野県東筑摩郡朝日村大字古見犬ケ原八七五番地
被控訴人
株式会社ドガ
右代表者代表取締役
今野哲男
右訴訟代理人弁護士
鳥飼公雄
右輔佐人弁理士
尾股行雄
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 本件控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、原判決添附物件目録記載の端子金具を販売してはならない。
三 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
なお、控訴人は、当審において、原判決添附物件目録記載の端子金具の製造、販売の禁止を求める請求を前記二のとおり減縮した。
第二 事案の概要
本件事案の概要は、次のとおり附加訂正するほかは、原判決事実及び理由の「第二 事案の概要」の欄に記載のとおりであるから、これらを引用する。
一 原判決二枚目表七行目の「有している」の次に「が、その意匠登録出願の日は、昭和五二年四月一一日である」を加える。
二 同三枚目裏一行目の次に行を改めて
「(3) なお、本件端子金具が本件電球セットの一構成部分にすぎず、独立性がないとしても、意匠の要件として問題とされうるのは格別、このことから意匠の実施に該当しないとの判断は導かれないというべきである。
本件では、被控訴人が端子金具を構成要素とするクリスマス用本件電球セットを販売することにより、端子金具の所有権を有償で移転していることは間違いがないから、被控訴人は本件端子金具を販売することによって意匠を実施していることになる。
(4) 仮に意匠の実施について限定的に解釈すべきであるとしても、本件端子金具は、外部から看取しえないが、交換、修理の際には端子金具部分を取り出して交換、修理を行うものであることから考えて看取しうる可能性があり、端子金具としての独立性も肯定される。したがって、被控訴人が本件端子金具を販売する行為は意匠の実施に当たる。」を加える。
三 同四枚目裏一〇行目の次に行を改めて
「(3) また、本件端子金具も、使用状態にする以前は、平板状のものであるから、その状態における意匠と本件意匠との類否を判断すべきである。そうでないとすると、使用状態以前には類似する意匠も、使用状態にするため一部折り曲げることによって類似しないという奇妙な結果になるからである。」を加える。
四 同八枚目表二行目の「略長方形」の次に「状」を加える。
五 同一一枚目裏九行目の次に行を改めて
「(4) 類似意匠が登録された場合には、類似意匠自身の効力範囲があり、本意匠には類似しなくても類似意匠に類似する部分に類似意匠権の効力が及ぶと解すべきである。したがって、仮に、本件端子金具と本件意匠とが類似していないとしても、前記(3)<4>のとおり、本件意匠については原判決添附類似一の類似意匠が登録されており、その類似意匠と本件端子金具とは類似しているから、本件端子金具の意匠は本件意匠と類似の範囲内に存在しているというべきである。」を加える。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
争点1に関する当裁判所の判断は、次のとおり附加訂正するほかは、原判決事実及び理由の「第三 争点に対する当裁判所の判断」の一の判断(原判決一六枚目裏三行目ないし一七枚目裏一一行目)と同一であるから、これを引用する。
1 原判決一六枚目裏三行目の「製造」を削り、裏四行目の「業として製造し」を「独立した物品として」に改める。
2 同一七枚目裏八行目、裏一〇行目の各「本件端子金具を」の次にそれぞれ「独立した物品として」を加え、裏一一行目の次に行を改めて
「なお、控訴人は、予備的に、被控訴人は本件端子金具を構成要素とするクリスマス用本件電球セットを販売することにより、本件端子金具に係る意匠を実施していることになる、との主張をしている。
しかしながら、ある物品について意匠を実施したというためには、その物品が経済的に一個の物品として独立して取引の対象となることを要すると解すべきであるところ、本件端子金具は右のとおり独立性が全くないから、この控訴人の主張は失当である。
また、控訴人は、本件端子金具は、交換、修理の際に取り出して交換、修理を行うものであるから、端子金具としての独立性が肯定される、とも主張する。
しかし、本件全証拠によっても、本件電球セットが故障した場合に本件端子金具だけを取り出してこれを交換、修理することが現実にあると認めるには足りないし、さらに、被控訴人が本件端子金具の交換、修理をする事例があることについての主張立証は全くない。そうすると、この控訴人の主張も理由がない。」を加える。
二 争点3について
前記のとおり、被控訴人が本件端子金具を独立した物品として販売していることは認められないが、そのうえ、本件意匠は、次のとおり、展開した形状(控訴人のいう使用状態以前の形状)の本件端子金具の意匠と類似してもいないといわなければならない。
1 前記引用に係る原判決事実及び理由の「第二 事案の概要」欄一及び二の事実によれば、本件意匠は、原判決添附の昭和五二年二月二日発行意匠公報記載のとおりであり、その構成は、以下のとおりであると認められる。
(一) 本件意匠は、端子金具に係るものであって、その基本的構成態様は、上段の接触板と中段の芯線かしめ板と下段のコード部かしめ板とが、それぞれ連接板を介して配設されてなるものである。
(二) これらの具体的構成態様は、次のとおりである。
(1) 接触板と芯線かしめ板を連接する上部連接板は、芯線かしめ板の横幅の約三・五分の一の長さであるのに対し、芯線かしめ板とコード部かしめ板とを連接する下部連接板は、約五・五分の一の長さであって、上部連接板は、下部連接板より若干長い。
(2) 横幅は、上段の接触板に設けられた後記突片を除けば、広いほうから、下段のコード部かしめ板、上段の接触板、中段の芯線かしめ板の順序であるが、それらの横幅の差は小さいため、全体形状は、縦長の角ばったおおむね長方形状であり、横幅と高さの比は約一対一・七五に設定されている。
(3) 接触板は、両側のやや下側に上辺を水平にする直角三角形状の突片が設けられているほかは、横幅と高さの比を約一対〇・六とした横長のおおむね長方形状であり、やや湾曲させた前面に、水平方向に凸部が形成され、上辺のほぼ中央には横幅の約二・五分の一の幅がある突状辺が形成され、接触板中央付近には横幅の約三分の二に達する横向の二条の切目を有する。
(4) 芯線かしめ板は、横幅と高さの比を約一対〇・六とした横長の長方形状である。
(5) コードかしめ板は、横長のおおむね長方形状で、高さを芯線かしめ板の高さのおおむね二分の一の高さとしたもので、下辺は水平であるが、その上辺は下方向にわずかに傾斜するテーパ部に形成されている。
2 前記引用に係る原判決事実及び理由の「第二 事案の概要」欄二の事実によれば、本件端子金具の意匠は、原判決添附図面記載のとおりであり、その構成は、以下のとおりであると認められる。
(一) 本件端子金具の意匠は、平板状の端子金具に係るものであって、その基本的構成態様は、上段の接触板と中段の芯線かしめ板と下段のコード部かしめ板とが、それぞれ連接板を介して配設されてなるものである。
(二) これらの具体的構成態様は、次のとおりである。
(1) 接触板と芯線かしめ板とを連接する上部連接板は、芯線かしめ板の横幅の約六分の一の長さであるのに対し、芯線かしめ板とコード部かしめ板とを連接する下部連接板は、芯線かしめ板の横幅の約四分の一の長さであって、下部連接板は、上部連接板より若干長い。
(2) 横幅は、上段の接触板に設けられた後記突片を含めても、広いほうから、下段のコード部かしめ板、中段の芯線かしめ板、上段の接触板の順序であり、それらの横幅の差は極端には小さくないため、全体形状は、縦長であるものの、順次上段より下段がやや幅広な形状であり、角ばった長方形状の印象は与えず、最も広い横幅と全体の高さとの比は約一対二・〇三に設定されている。
(3) 接触板は、横幅と高さの比を約一対一・三とした多少縦長のおおむね長方形状で、上辺のほぼ中央に横幅の約二分の一の幅の突条辺が形成され、接触板の両側部やや下側には、上辺を水平にする直角三角形状の突片が設けられているが、接触板に切目はないし、凸部もない(なお、その他の部分にも凸部はない。)。
(4) 芯線かしめ板は、横幅と高さの比を約一対〇・六とした横長の長方形状である。
(5) コードかしめ板は、横長のおおむね長方形状で、芯線かしめ板の高さのおおむね二分の一の高さに形成され、上辺は水平であるが、下辺は初め連接板の横幅に達するまで逆テーパ状に形成した後、連接板の横幅の長さでわずかな高さの突部が形成されている。
3 本件意匠と本件端子金具の意匠との対比
(一) 前記1及び2の認定事実に基づいて、本件意匠と本件端子金具の意匠とを対比すると、両意匠は、いずれも端子金具に係るものであって、その基本的構成態様は、上段の接触板と中段の芯線かしめ板と下段のコード部かしめ板とがそれぞれ連接板を介して配設されてなるものである点で、完全に共通である。
(二) そこで、具体的構成態様において検討してみると、両者は、(a)接触板がおおむね長方形状である点、(b)接触板の両側部やや下側に上辺を水平にする直角三角形状の突片が設けられている点、(c)接触板上辺のほぼ中央に突状辺が形成されている点、(d)芯線かしめ板が横幅と高さの比をおおむね一対〇・六とした横長の長方形状である点、(e)コードかしめ板が横長のおおむね長方形状で、高さを芯線かしめ板の高さのおおむね二分の一としたものである点で一致している。
しかしながら、両者は、<1>二つの連接板のうち長いものは、本件意匠では上部のものであるのに対し、本件端子金具の意匠では下部のものである点、<2>上段、中段、下段の横幅の広さの順序が、本件意匠では広いほうから、下段のコード部かしめ板、上段の接触板、中段の芯線かしめ板の順序であるのに対し、本件端子金具の意匠では広いほうから、下段のコード部かしめ板、中段の芯線かしめ板、上段の接触板の順序である点、<3>全体形状が、本件意匠では縦長の角ばったおおむね長方形状であるのに対し、本件端子金具の意匠では縦長ではあるが上段より下段が順次幅広な形状で、角ばった長方形状の印象は与えず、しかも、最も広い横幅と全体の高さとの比が、本件意匠では約一対一・七五に設定されているのに対し、本件端子金具の意匠ではそれより差の大きい約一対二・〇三に設定されており、両者とも縦長とはいうものの、本件意匠では引き締まった印象を与えるのに対し、本件端子金具の意匠ではやや冗漫な印象を与える点、<4>おおむね長方形状の接触板が、本件意匠ではその横幅と高さの比を約一対〇・六とする横長のものであるのに対し、本件端子金具の意匠ではその比を約一対一・三とする縦長のものである点、<5>側面から見た場合、本件意匠では接触板に前面水平方向にやや湾曲させた凸部が形成されているのに対し、本件端子金具の意匠では全く凸部がない点、<6>本件意匠では接触板中央付近に横向の二条の切目を有するのに対し、本件端子金具の意匠ではこのような切目が全くない点、<7>コードかしめ板が、本件端子金具の意匠では上辺は水平であり、下辺を初め逆テーパ状に形成した後わずかな高さの突部を形成しているのに対し、本件意匠では下辺は水平であり、上辺を下方向にわずかに傾斜するテーパ部に形成し、突部をもたない点で相違している。
4 本件意匠の要部
(一) 証拠によれば、本件意匠出願前に次のような公知意匠があることが認められる。
(1) 昭和四六年実用新案出願公告第二三五九〇号公報記載のもの(乙第七号証)
同公報には、別紙第一の図面が添附され、装飾用電球のソケットに関し、全体を一体に形成した平板状で、接触板と芯線かしめ板(挟着部)とコード部かしめ板(挟着部)とが適宜の間隔を介して連接され、その接触板の背面に突起と下方隅部に内向爪を表した端子金具(第2、第3図、第7図)が記載されている。これらの図面から判断して、展開した場合、全体形状はおおむね縦長の長方形状をなし、接触板はおおむね長方形状であり、芯線かしめ板とコード部かしめ板とは、ほぼ長方形状であると推認することができる。
(2) 昭和四六年実用新案出願公告第二四〇八〇号公報記載のもの(乙第八号証)
同公報には、別紙第二の図面が添附され、装飾用豆電球に関し、「10は下端に電線11を抱着する如くした巻着係止片部12を形成してなる端子片で、該端子片10の側部にソケット側にくい込む如くした係止爪12'が突起してなる。」(二欄二二行ないし二五行)との記載とともに、接触板、芯線かしめ板、コード部かしめ板の三段構成で、接触板の片側縁の上部に三角形状の爪12を表した端子金具(第7、第8図)が記載されている。これらの図面から判断して、この端子金具も、展開した場合やはり、接触板はおおむね長方形状であり、芯線かしめ板とコード部かしめ板とは、ほぼ長方形状であると推認することができる。
(3) 昭和四六年実用新案出願公告第三〇三九〇号公報記載のもの(乙第九号証)
同公報には、別紙第三の図面が添附され、装飾電球用ソケットに関し、接触板、裸電線6を挟着する芯線かしめ板(挟着片)4b、被覆コード5の先端部を挟着するコード部かしめ板(挟着片)4cの三段構成で、断面弧状の金属製接触板の背部に上向きの三角突起爪4aを表した端子金具(第3、第4図)が記載されている。これらの図面から判断して、この端子金具も、展開した場合やはり、接触板はおおむね長方形状に近く、芯線かしめ板とコード部かしめ板も、ほぼ長方形状に近いと推認することができる。
(4) 昭和四九実用新案出願公告第二〇三九七号公報記載のもの(乙第一〇号証)
同公報には、別紙第四の図面が添附され、装飾豆電球用端子に関し、接触面5'部に横凸条6、6'を一定間隔を隔てて突出形成し、かつ、筒状ソケット体3に食い込ませるために、両側縁に電線係止部側に傾斜した逆勾配爪7を突出させた端子板5(第4図)が記載されている。この端子板の接触面もおおむね長方形状である。
(5) 昭和四九年実用新案出願公開第九七三八五号公報記載のもの(乙第一一号証)
同公報には、別紙第五の図面が添附され、電気接続子の展開図が示され、全体を一体に形成した平板状で、長方形状の上段接触板と中段の導体に対する芯線かしめ板と下段の電線の被覆に対するコードかしめ板とがそれぞれほぼ等間隔に連接板を介して配設された電気接続子(第9、第10図)が記載されている。そのうち第9図は、同公報記載の考案の実施例の展開図であって、横長の長方形状の芯線かしめ板と横長長方形状のコードかしめ板が示されている。
(二) 前記(一)の認定事実によれば、本件意匠出願当時、端子金具の意匠として多くのものが知られていたが、特に、下段のコード部かしめ板部において被覆電線をかしめ、中段の芯線かしめ板部において裸電線をかしめ、上段を接触板とし、接触板と芯線かしめ板とコード部かしめ板とを連接板を介して配設されてなり、接触板、芯線かしめ板及びコード部かしめ板がそれぞれ長方形状のものは周知であったこと、そのうち特に芯線かしめ板及びコード部かしめ板が横長のものが公知であり、また、ソケット体に食い込ませるために傾斜した逆勾配爪7を突出させた端子金具も知られていたことが明らかである。
そして、本件意匠に係る端子金具も、下段のコードかしめ板を屈曲させて電線をかしめ、中段の芯線かしめ板を曲げて被覆をはがされた電線をかしめ、接触板の両側に設けられた直角三角形状の突片をソケット体に食い込ませ、接触板をもって電球に接触させることにより使用されるものであり、また、通常使用される電線の芯線と被覆は一定の太さのものを使用する限り、一定の範囲の値をとるから、中段の芯線かしめ板及び下段のコードかしめ板の形状及び横幅と高さの比は自らある範囲に限られて来ても不自然ではないことは、取引者需要者であれば容易に看取しうることである。
以上の本件意匠に係る物品の性質、用途、使用形態等を総合して考慮し、前記1認定の本件意匠の構成態様を検討してみると、まずその基本的構成態様を見て取引者需要者が物品の混同を避けうるとはとうてい考えられず、基本的構成態様が特に看者の注意を引くことはないというほかはない。また、具体的構成態様のうち、前記3(二)において本件意匠と本件端子金具の意匠との一致点として認定した諸点のうち、(a)接触板がおおむね長方形状である点、(b)接触板の両側部やや下側に上辺を水平にする直角三角形状の突片が設けられている点、(d)芯線かしめ板が横幅と高さの比をおおむね一対〇・六とした横長の長方形状である点、(e)コードかしめ板が横長のおおむね長方形状で、高さを芯線かしめ板の高さのほぼ二分の一としたものである点も、ことさら看者の注意を引く点ということはできない。
したがって、本件意匠の要部は、具体的構成態様のうちでも、全体の形状殊に接触板及び連接板に着目した形状(接触板の横幅が、芯線かしめ板より長く、コード部かしめ板より短いが全体はおおむね長方形状である点、二つの連接板のうち上部の方が長い点)の点、接触板の形状(殊に、横幅と高さとの比率の点、切目があり、上辺に突状辺がある点)の点、側面から見て凸部がある点、中、下段のうちでテーパ状の部分があるのがコード部かしめ板の上辺である点にあるというべきである。
5 本件意匠と本件端子金具の意匠との類否判断
以上の検討の結果に基づいて、両意匠の類否を判断してみると、両者は、基本的構成態様及び具体的構成態様のうち接触板上辺のほぼ中央に突状辺が形成されている点で共通している。
しかしながら、具体的構成態様において、本件意匠では、横幅で接触板が芯線かしめ板より広く、コード部かしめ板より狭いが、それら横幅の差が小さいため、全体形状は縦長の角ばったおおむね長方形状で、上部連接板の方が下部連接板より長く、接触板は、横長であり、前面にやや湾曲させた凸部があり、中央付近に横向の二条の切目を有し、コードかしめ板の上辺には下方向に傾斜するテーパ部を形成している。これに対し、本件端子金具の意匠では、横幅において接触板は突片を含めても、芯線かしめ板、コード部かしめ板より狭く、横幅の差が小さくないため、全体に上段より下段が順次幅広な形状で、長方形状の印象は与えず、下部連接板の方が上部連接板より長く、接触板は、縦長で、切目も凸部も全くなく、コードかしめ板の下辺に逆テーパ部が形成された後わずかな高さの突部がある。このように、本件意匠と本件端子金具の意匠との間には顕著な差異があることが明らかであり、その結果、看者に、本件意匠は、全体として引き締まった、鋭い美感を感じさせるのに対し、本件端子金具の意匠は、全体としてのっぺらでやや冗漫な美感を感じさせるということができる。
そうすると、本件意匠と本件端子金具との要部の差異は、微差の域をはるかに超えており、両者は、時と所を別にして接しても取引者需要者に異なった美感をもつものと認識されるといわなければならず、両者は類似していないと判断される。
6 類似意匠との対比
もっとも、控訴人は、本件意匠には、類似一の類似意匠があり、同類似意匠と本件端子金具の意匠とは、極めて酷似しているから、本件端子金具の意匠は、本件意匠の範囲内にある、と主張している。そこで、この主張に係る類似意匠についても検討しておくこととする。
証拠(甲第二号証)によれば、本件意匠の類似意匠として、原判決添附の意匠公報(昭和六三年五月二三日発行)記載の類似一の類似意匠(以下においては単に「類似一の意匠」という。)が登録されていること、類似一の意匠は、基本的構成態様を本件意匠と全く同一とするが、その具体的構成態様は、次のとおりであることが認められる。
(1) 接触板と芯線かしめ板とを連接する上部連接板も、芯線かしめ板とコード部かしめ板とを連接する下部連接板も、いずれも、芯線かしめ板の横幅の約四・五分の一の長さであって、両者の長さはほぼ等しい。
(2) 横幅は、上段の接触板に設けられた後記突片を除けば、上段の接触板と中段の芯線かしめ板とはほぼ等しく、下段のコード部かしめ板はこれらより僅かに広い程度であるため、全体形状は縦長のおおむね長方形状であり、横幅と高さの比は約一対二・九に設定されている。
(3) 接触板は、横幅と高さの比を約一対一・三三とした多少縦長のおおむね長方形状で、上辺には何らの突条辺も形成されておらず、接触板の両側部やや上側には、上辺を水平にする直角三角形状の突片が設けられ、その下辺はテーパ状に形成されているが、接触板に切目はないし、凸部もない。
(4) 芯線かしめ板は、横幅と高さの比を約一対〇・五五とした横長の長方形状である。
(5) コードかしめ板は、横長のおおむね長方形状で、芯線かしめ板の高さのおおむね二分の一に形成され、上辺はテーパ状に形成され、下辺は初め連接板の横幅に達するまで逆テーパ状に形成した後わずかな高さの突部が形成されている。
この認定事実に基づき、類似一の意匠と本件端子金具の意匠とを対比すると、全体形状において前者は縦長のおおむね長方形状といいうるのに対し、後者は上段より下段が順次幅広な形状で長方形状とはいいにくい点、前者の接触板は上辺が水平で下辺がテーパ状であるのに対し、後者の接触板は上辺のほぼ中央に横幅の約二分の一の突状辺が形成され下辺が水平である点、前者の上部連接板と下部連接板の長さはほぼ等しいのに対し、後者は下部連接板の方が上部連接板より長い点、前者はコードかしめ板の上辺に下方向に傾斜するテーパ部を形成しているのに対し、後者のコードかしめ板の上辺は水平である点等で相違し、両意匠は意匠の要部たる具体的構成態様において同一でないことはもとより、酷似しているともいえないから、類似一の意匠が類似意匠登録されているからといって、前記のとおり本件意匠と意匠の要部の構成を相違する結果明らかに美感を異にする本件端子金具の意匠が本件意匠の類似の範囲にあるとはいえない。
7 類似意匠との類似性
なお、控訴人は、類似意匠が登録された場合に本意匠に類似しなくても類似意匠に類似する部分に類似意匠権の効力が及ぶとの主張を前提に、類似一の意匠と本件端子金具の意匠とは類似しているから、本件端子金具の意匠は本件意匠の類似の範囲内に存在している、と主張する。
しかしながら、前記1及び6の認定事実によれば、類似一の意匠は、本件意匠と基本的構成態様及び具体的構成態様のうち全体がおおむね長方形状である点は共通にするものの、具体的構成態様において、二つの連接板のうち上部の方が長い点、接触板の形状(殊に、横幅と高さとの比率の点、切目もなく、上辺に突状辺もない点)の点、側面から見て全く凸部がない点、コードかしめ板の下辺が水平でなく、逆テーパ状に形成した後わずかな高さの突部を形成している点で、明らかに本件意匠と相違しており、これらの差異は、前記4において検討したとおり、本件意匠の要部に係わり、美感に影響を与えるものであるから、類似一の意匠は元来本件意匠の類似意匠として登録の要件を満しているか甚だ疑問であるが、その点を暫く措いても、一般に類似意匠制度は、意匠の権利範囲を確認するために設けられたにすぎず、類似意匠が登録されるか否かにより本意匠の意匠権の範囲に変動を生ずるものではないと解するのが相当であるところ、前述のとおり本件意匠と本件端子金具の意匠とは類似していないのであるから、それ以上の検討をするまでもなく、控訴人の右の主張は失当といわなければならない。
三 以上のとおりであって、争点2について触れるまでもなく、前記一、二のいずれの観点からしても、控訴人の本訴請求は理由がない。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)
別紙第一
<省略>
別紙第二
<省略>
別紙第三
<省略>
別紙第四
<省略>
別紙第五
<省略>